ブログ – ページ 208 – 聖書検定協会公式サイト

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人の子よ。震えながらあなたのパンを食べ、おののきながら、こわごわあなたの水を飲め。

8月15日(水) 8月ももう半ばになりました。 子供の頃なら、夏が終わるせつなさと、宿題ができていない焦りで、泣きたくなる頃ですね。 今日は詩編46篇と、エゼキエル書10~12章を読みましょう。 エゼキエルは不思議な幻を見て語っただけではなく、変わった振る舞いをしながら語りました。ブルブル震えながらパンを食べ、祖国に残っている人々が、やがて同じようになるといいました。 [ついで、私に次のような主のことばがあった。「人の子よ。震えながらあなたのパンを食べ、おののきながら、こわごわあなたの水を飲め。この地の人々に言え。『神である主は、イスラエルの地のエルサレムの住民について、こう仰せられる。彼らは自分たちのパンをこわごわ食べ、自分たちの水をおびえながら飲むようになる。その地が、そこに住むすべての者の暴虐のために、やせ衰えるからである。人の住んでいた町々が廃墟となり、その地が荒れ果てるそのとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。』」] (エゼキエル書 12:17~20)

終わりが来る。その終わりが来る。あなたを起こしに、今、やって来る。

8月14日(火) 昨日は、ちょうど新宿付近を歩いているときに、激しい雷が飛び上がる程に轟き、滝のような雨に打たれ続けて歩くこと10分、最後には笑ってしまいました。 みなさまも急なゲリラ雷雨にはお気をつけください。 さて、今日は詩編45篇と、エゼキエル書7~9章を読みましょう。 外国の地で捕囚となっている人は、懐かしい祖国を思います。国に残った人々はどうしているでしょうか。 残念ながら絶望です。悔い改めるには遅すぎました。不正と偶像礼拝とが満ちています。アダムに始まった罪は、来るところまで来てしまいました。預言通り、やがて紀元前586年、エルサレムは完全に陥落し、神殿は跡形もなく壊されました。 [神である主はこう仰せられる。「わざわいが、ただわざわいが来る。終わりが来る。その終わりが来る。あなたを起こしに、今、やって来る。] (エゼキエル書 7:5~6)

一枚の粘土板を取り、それをあなたの前に置き、その上にエルサレムの町を彫りつけよ。

8月13日(月) 聖書通読を故郷でされている方もおられるでしょう。良いですね! 今日は詩編44篇と、エゼキエル書4~6章を読みましょう。 南王国ユダ(首都エルサレム)は、紀元前586年に完全に滅ぼされ、多くの人が捕囚となりました。 しかし、実はそれより11年前、紀元前598年に侵略されて捕囚となってバビロンに連れて行かれた人々がいました。 そのうちの一人がエゼキエルでした。彼はそのような可哀想な状況の下で召命を受けました。この異常な状況下で、彼は預言を続けたことを覚えて、読み進んでください。 最初に出てきたのは神の有様だったのですが(1:1~6)、私たちは彼の言っていることがよくわからず、想像もできないと思います。できないのが、エゼキエル書の良いところだと思ってください。 幼子のように「ねえ、エゼキエルおじさん。今度はどんな幻を見たの?話してちょうだい。」というような気持ちになって読み進んでください。 [人の子よ。一枚の粘土板を取り、それをあなたの前に置き、その上にエルサレムの町を彫りつけよ。それから、それを包囲し、それに向かって塁を築き、塹壕を掘り、陣営を設け、その回りに城壁くずしを配置せよ。また、一枚の鉄の平なべを取り、それをあなたと町との間に鉄の壁として立て、あなたの顔をしっかりとこの町に向けよ。この町を包囲し、これを攻め囲め。これがイスラエルの家のしるしだ。] (エゼキエル書 4:1~3)

私がケバル川のほとりで、捕囚の民とともにいたとき、天が開け、私は神々しい幻を見た。

8月12日(日) 今日から聖書通読も、第33週に入ります。 もう少しで大山を超えます。 今日からエゼキエル書を読みましょう。 今日は詩編43篇と、エゼキエル書1~3章を読みましょう。 落ち込んでいる時に、「それはお前が悪いからだ」と言われたら、さらに落ち込みますよね。エゼキエル書はそんな内容です。「バビロン捕囚になったのは、お前たちが悪いからだ」というような内容です。しかも、少し気味の悪い幻や不思議な例え話が出てきます。 どうか落ち込まないで読み始めてください。終わりの方に向かって、だんだん明るくなり、最後に不思議な魅力にひかれると思います。 [第三十年の第四の月の五日、私がケバル川のほとりで、捕囚の民とともにいたとき、天が開け、私は神々しい幻を見た。] (エゼキエル書 1:1)

主よ。あなたのみもとに帰らせてください。私たちは帰りたいのです。私たちの日を昔のように新しくしてください。

8月11日(土) 昨日は、気分を変えて、スタバで聖書通読をしました。 大勢の話し声の中でも、かえって集中ができて、平安がありました。 皆さんも、時に、環境を変えてみるのはいかがですか? 今日は詩編42篇と、哀歌4~5章を読みましょう。 4章は、かつてのエルサレムの美しさと、対照的に荒涼となったエルサレムを対比して歌っています。 5章は、民の惨めな状態を切に神に訴え、民が1日も早く罪を悔い改め、神に立ち返ることができるようにと祈ります。これこそが哀歌の本質であります。 [しかし、主よ。あなたはとこしえに御座に着き、あなたの御座は代々に続きます。なぜ、いつまでも、私たちを忘れておられるのですか。私たちを長い間、捨てられるのですか。主よ。あなたのみもとに帰らせてください。私たちは帰りたいのです。私たちの日を昔のように新しくしてください。それとも、あなたはほんとうに、私たちを退けられるのですか。きわみまで私たちを怒られるのですか。] (哀歌5:19~22)

私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。

8月10日(金) 今日と明日は、哀歌を読みます。 今日は詩編41篇と、哀歌1~3章を読みましょう。 南王国ユダは、新バビロニア帝国のネブカドネザル王(ネブカドレツァル)によって攻撃され、紀元前586年に、エルサレムは破壊され、神殿も破壊されました。そして、多くのイスラエルの指導的な人々は、捕囚として連れて行かれました。荒涼と化したエルサレムに佇み、涙を流し、嘆き悲しむ歌をよみました。それが哀歌です。 全編、これ嘆きの歌です。しかも、日本語には翻訳しようもありませんが、各章とも(5章は除き)、ヘブライ語のアルファベット順の「いろは歌」になっているという、凝った内容になっています。 [私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。主こそ、私の受ける分です。」と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む。] (哀歌3:22~24)

主の宮と王宮とエルサレムのすべての家を焼き、そのおもだった建物をことごとく火で焼いた。

8月9日(木) 台風13号が過ぎていくのをひたすら凌いでいます。どうか全てが無事でありますように! 今日で、エレミヤ書は終わりです。お疲れ様でした。 今日は詩編40篇と、エレミヤ書50~52章を読みましょう。 エレミヤは「嘆きの預言者」とか「泣く預言者」などと言われます。確かに彼は、人々に快く受け入れられなかった悲劇的な預言者でした。しかし、初めからそのようなレッテルを貼って読むと、全体的な理解を妨げることになるかもしれません。彼は、神が全能者であられ、世界の創造者、歴史を導かれる唯一の神であられることを預言しました。そして、彼の預言の正しさは、その後の歴史を通して証明されました。 私たちがエレミヤの預言を通して教えられることは、生涯を通して、唯一の神を信じる熱心な信仰ではないでしょうか。特に不幸な苦しい時にも神を信じて生きてゆく信仰ではないでしょうか。 [主の宮と王宮とエルサレムのすべての家を焼き、そのおもだった建物をことごとく火で焼いた。] (エレミヤ52:13)

諸国の民について、預言者エレミヤにあった主のことば。

8月8日(水) 台風13号が関東めがけてやってきます。今日、明日、気をつけねば! 今日は詩編39篇と、エレミヤ書46~49章を読みましょう。 46章から51章にわたっては、諸国民に対する預言が集められています。対象とされている国は九つの国や地域、民族です。 【46章】 エジプトに対する預言。 【47章】 ペリシテ人に向かって。 【48章】 モアブに向かって。 【49章】 アンモン人に向かって。 エドムに向かって。 ダマスコに向かって。 ケダルとハツォルの諸国に向かって。 【50~51章】 最後は、長大なバビロンとカルデア人の国に向かって。 [諸国の民について、預言者エレミヤにあった主のことば。] (エレミヤ46:1)

預言者エレミヤと、ネリヤの子バルクをも連れて、エジプトの国に行った。彼らは主の御声に聞き従わなかったのである。

8月7日(火) 今日は詩編38篇と、エレミヤ書42~45章を読みましょう。 ユダの地に残った人々のうち、一部の人々が無理にエレミヤを連れて、エジプトに行きました。 [エレミヤはすべての民に、彼らの神、主のことばを語り終えた。それは彼らの神、主が、このすべてのことばをもって彼を遣わされたものであった。すると、ホシャヤの子アザルヤと、カレアハの子ヨハナンと、高ぶった人たちはみな、エレミヤに告げて言った。「あなたは偽りを語っている。私たちの神、主は『エジプトに行って寄留してはならない。』と言わせるために、あなたを遣わされたのではない。ネリヤの子バルクが、あなたをそそのかして私たちに逆らわせ、私たちをカルデヤ人の手に渡して、私たちを死なせ、また、私たちをバビロンへ引いて行かせようとしているのだ。」カレアハの子ヨハナンと、すべての将校と、すべての民は、「ユダの国にとどまれ。」という主の御声に聞き従わなかった。そして、カレアハの子ヨハナンと、すべての将校は、散らされていた国々からユダの国に住むために帰っていたユダの残りの者すべてを、男も女も子どもも、王の娘も、それに、侍従長ネブザルアダンが、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤに託したすべての者、預言者エレミヤと、ネリヤの子バルクをも連れて、エジプトの国に行った。彼らは主の御声に聞き従わなかったのである。こうして、彼らはタフパヌヘスまで来た。] (エレミヤ43:1~7)

バビロンの王ネブカデレザルは、その全軍勢を率いてエルサレムに攻めて来て、これを包囲した。ゼデキヤの第十一年、第四の月の九日に、町は破られた。

8月6日(月) 熱射から守られますようお祈りします。 今日は詩編37篇と、エレミヤ書38~41章を読みましょう。 エレミヤの預言通り、ついに南王国ユダは滅び、エルサレムは破壊されました。エレミヤは釈放されユダの地にとどまりました。 [ユダの王ゼデキヤの第九年、その第十の月に、バビロンの王ネブカデレザルは、その全軍勢を率いてエルサレムに攻めて来て、これを包囲した。ゼデキヤの第十一年、第四の月の九日に、町は破られた。] (エレミヤ39:1~2) [バビロンの王はリブラで、ゼデキヤの子たちをその目の前で虐殺し、またユダのおもだった人たちもみな虐殺し、ゼデキヤの両眼をえぐり出し、彼を青銅の足かせにつないで、バビロンに連れて行った。カルデヤ人は、王宮も民の家も火で焼き、エルサレムの城壁を取りこわした。侍従長ネブザルアダンは、町に残されていた残りの民と、王に降伏した投降者たちと、そのほかの残されていた民を、バビロンへ捕え移した。しかし侍従長ネブザルアダンは、何も持たない貧民の一部をユダの地に残し、その日、彼らにぶどう畑と畑を与えた。バビロンの王ネブカデレザルは、エレミヤについて、侍従長ネブザルアダンに次のように命じた。「彼を連れ出し、目をかけてやれ。何も悪いことをするな。ただ、彼があなたに語るとおりに、彼にせよ。」] (エレミヤ39:6~12)