ブログ – ページ 184 – 聖書検定協会公式サイト

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青年は幻を見、 老人は夢を見る。

1月26日 「ヨハネの福音書、予定通り読み終わりました。」とのご報告をいただきました。 嬉しいですね。ありがとうございます。 さあ!今日から使徒の働き(使徒言行録)に入ります。 イエス・キリストは「十字架の死と復活」の予告をされたように、 「聖霊が降る」という約束も予告されました。(使徒1:3~5) 2章では、聖霊が突然降り、弟子たちの舌が勝手に働いて、外国語を話し始めたという不思議なことが起こりました。 天地創造の前から存在していた聖霊とは、神(の働き)です。 風のように、目には見えない聖霊が、流暢な外国語を話すという形をとって、弟子たちに現れたのです。 弟子たちはこの不思議な体験によって、神が今も生きて働かれていることを体験しました。   「神は言われる。 終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。 すると、あなたがたの息子や娘は預言し、 青年は幻を見、老人は夢を見る。」 使徒2:17        

わたしの羊を飼いなさい。

1月26日 今日はヨハネの福音書21章を読みます。 ナント、今日でヨハネの福音書も終わりです。 ヨハネ20:19-23で、復活中のイエス・キリストは聖霊について語られました。 これは「使徒の働き(使徒言行録)」の全てにおいて実現しました。 明日から「使徒」を読み進めましょう!   「イエスは三度ペテロに言われた。『ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。』 ペテロは、イエスが三度『あなたはわたしを愛しますか。』と言われたので、心を痛めてイエスに言った。 『主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。』 イエスは彼に言われた。『わたしの羊を飼いなさい。』」 ヨハネ21:17    

聖霊を受けなさい。

1月25日 今日はヨハネの福音書19章、20章を読みましょう。 イエス・キリストは、十字架にかかり、そして復活を人々に証明なさってから、 天の父なる神のもとに帰って行かれました。 しかし、それで終わったのではりません。 聖霊が父なる神とキリストから、送られてきました。 今も、その聖霊は送り続けられ、キリストと同じように生きて働かれています。   「その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。『平安があなたがたにあるように。』 こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。 イエスはもう一度、彼らに言われた。『平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。』 そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。 あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。』」 ヨハネ20:19~23

父よ。時が来ました。

1月24日 今日はヨハネの福音書17章、18章を読みましょう。 聖書を通読するときはいつもイエス・キリストの十字架の窓を通して読むことが大切です。 今日は、これからイエスが十字架にかかろうとするところを読んでいるので、ドキドキしますよね。 しかし、イエスの十字架の目的を知り、その十字架の窓から見る景色は、感謝でしかありません。   「イエスはこれらのことを話してから、目を天に向けて、言われた。 『父よ。時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現わすために、子の栄光を現わしてください。 それは子が、あなたからいただいたすべての者に、永遠のいのちを与えるため、 あなたは、すべての人を支配する権威を子にお与えになったからです。 その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、 あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。』」 ヨハネ17:1~3

わたしはぶどうの木

1月23日、昨夜は大雪になってしまいました。 雪国の方には申し訳ないけれど、東京は大騒ぎです。 しかし、雪が降り積もると、シーンとするのですね。 人も、車も通らなくて、ただ雪がしんしんと降っています。 さて、さて、今日はヨハネの福音書15章、16章を読みましょう。 福音書は、神が人となった御方、イエス・キリストの教えられたことと、 なされたことが書いてあります。 特に、十字架で死に、復活されたことが書いてあります。 その目的は、五日に渡って書いた五つのことに要約されます。 旧約聖書も、新約聖書も、この五つの教えを明らかにするために書かれている膨大な書物なのです。   「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。 人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、 そういう人は多くの実を結びます。 わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。」 ヨハネ15:5

わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。

1月22日 今日は全国的にお天気が悪く、北日本や、東京23区までも、夕方から雪になるそうです。 本当に雪に弱い東京です。 さて、今日はヨハネの福音書13章、14章を読みましょう。 イエス・キリストの十字架によって、私たちの罪はゆるされ、 また、たとえ死んでも、永遠の命が約束されていることを信じて生きてゆけることは、 とても嬉しいことです。 この希望に満ちた明るい生き方を示すために、キリストは死に、また復活されました。 十字架の目的その五は「新しく生まれかわる」です。   「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。 わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』」 ヨハネ14:6

ラザロよ。出て来なさい。

1月21日、日曜日です。 驚くことに、聖書通読、第4週目に入りました。 今日はヨハネの福音書11章、12章を読みましょう。 私たちは、死んだらどうなるのでしょうか? これには誰も答えることはできませんね。証明できないからです。 しかし、イエス・キリストは、人が死んだ後、新しい体をもってよみがえることを見せました。 そして、神の国において永遠に生きます。 イエスはこのことを示すために、人々の見ている前で、十字架の上で死に、 大勢の人々の前に復活されました。 十字架の目的のその四は、「永遠の命の約束」です。   「イエスは言われた。『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。』」 ヨハネ11:25,26 「そして、イエスはそう言われると、大声で叫ばれた。『ラザロよ。出て来なさい。』 すると、死んでいた人が、手と足を長い布で巻かれたままで出て来た。 彼の顔は布切れで包まれていた。イエスは彼らに言われた。『ほどいてやって、帰らせなさい。』」 ヨハネ11:43,44

わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

1月20日、もう土曜日!早いですね。 今日はヨハネの福音書9章、10章を読みましょう。 栄光の神が人となったお方、イエス・キリストは、 私たちが受ける屈辱の中で、最もひどい屈辱を受け、 私たちが経験する苦しみの中で、最も大きな苦しみを受けました。 キリストは言います。 「わたしはあなたの屈辱も苦しみも、よくわかります。 わたしはあなたと共にいます。」 キリストは、苦しみ、悲しむ者の友となるため、十字架の上で死なれたのです。 十字架の目的のその三は、「私たちの重荷を共に背負ってくださる」ということです。   「わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。 また安らかに出入りし、牧草を見つけます。 盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。 わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。」 ヨハネ10:9~11  

だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。

1月19日 今日はヨハネの福音書7章、8章を読みましょう。(少々長いです。がんばって!) 十字架によって罪赦された私たちは、 清く正しい、全知全能な神の御前に安心して出ることができるようになりました。 神と仲良く交際をしても良くなりました。 この関係を作り上げるために、 神が人となったお方、すなわち、イエス・キリストは十字架の上で人間の犠牲となってくださいました。 十字架の目的のその二は「人と神の和解」です。   「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」 ヨハネ7:37,38

わたしがいのちのパンです。

1月18日 「一緒に通読をしているので、挫折しないで読み進められる」との報告をいただきました。 感謝です。みなさま。励まし合いながら読み進めましょう! 今日は、ヨハネ5章、6章を読みましょう。 イエス・キリストの十字架の目的の第一は、 私たちの罪の一方的なゆるしでした。 イエス・キリストを私たちが、心の中に信じる時、 神が私たちの中にある罪を清めて、無しにしてくださるということです。   「わたしがいのちのパンです。 わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」 ヨハネ6:35