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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。

1月17日。今年は春が早いそうですね。 今日は、ヨハネの福音書3章、4章を読みましょう。 イエス・キリストは、なぜ十字架の上で殺されたのでしょう。 「人は真心と愛をもって、唯一の神を信じよう」というイエスに対し、 「戒律を厳格に守るべき」と言う人々との意見の対立から、 イエス・キリストは抹殺されました。 しかし、イエスは深いお考えがあり自ら死を選ばれたのです。 これこそが、最も大切なキリスト信仰の核心と言えます。   「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。 それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。」 ヨハネ3:16~17

初めに、ことばがあった。

1月16日 みなさま、マタイの福音書は読み終えましたか? 予定通り読むことができたとの嬉しい報告をいただきました。 さて、今日からは、ヨハネの福音書1章、2章を読みましょう。 聖書の核心はイエス・キリストの十字架(死と復活)です。 旧約聖書は、そのそびえ立つ山に向かって書かれています。 その頂上について細かく説明しているのが、新約聖書です。 十字架という窓を通して聖書全体を見るように読みましょう。   「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。 この方は、初めに神とともにおられた。 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。」 ヨハネ1:1~5

この方はまことに神の子であった。

1月15日、今日でマタイは最後です。 マタイ27章、28章を読みましょう。 イエス・キリストが殺されたのは、過越の祭という、 ユダヤ人にとって一番大きな宗教祭日の期間でした。 神であり、人となったお方は、金曜日の午後三時に、 あたかも犠牲の小羊のように十字架上で肉体を裂かれ、 血を流して静かに殺されてゆきました。 そして、墓に葬られたイエスは日曜日の早朝、復活の姿を現されました。 十字架の死も事実。復活も事実。 この驚くべき事実をありのままに記録、証言されているのが福音書です。 明日からは、別な角度から書かれた、ヨハネの福音書に進みましょう!   「この方はまことに神の子であった。」 マタイ27:54 「イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。 「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。 そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。 見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」 マタイ28:18〜20    

これは、わたしの契約の血です。

今日は1月14日、日曜日。 さて、聖書通読も第3週に入ってきました。 今日は、マタイ福音書26章を読みましょう。 イエスの説教は、一般の人にとっては、 慰めに満ちたわかりやすいものでした。 また、イエスは多くの病人をいやしました。 それで、一般のユダヤ人には歓迎され、尊敬されていました。 反対していたのはおもに宗教指導者でした。 それで、一般の人々のいない夜の間に、イエスは逮捕されました。   「彼らが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、弟子たちに与えて言われた。 『取って食べなさい。これはわたしのからだです。』 また杯を取り、感謝をささげて後、こう言って彼らにお与えになった。 『みな、この杯から飲みなさい。 これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです。』 マタイ26:26〜28  

最も小さい者の一人にしたのは、 わたしにしてくれたこと

今日、明日はセンター試験ですね。 寒波、大雪など、交通機関が乱れるかもしれないですね。 早めに行けるといいですね。無事をお祈りします。 さて、今日1月13日はマタイ福音書25章を読みましょう。 今日は1章だけです。 イエス・キリストが、あたかも神が教えているように、 権威を持った教えをし、また癒しをすることは、 当時のユダヤ人の宗教社会を根底から覆すものでした。 それで、彼らは、イエス・キリストを抹殺しようと企て始めました。 『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、 わたしにしてくれたことなのである。』マタイ25:40

わたしのことばは決して滅びることがありません。

今期最強寒波!冷え冷えの極寒列島の1月12日。 みなさま暖かくしてお出かけください。 さて、今日はマタイ福音書の23章、24章を読みましょう。 ユダヤ人たちは、ローマ帝国の言うことは、いやいや聞きましたが、 旧約聖書の教えは喜んで聞きました。 旧約聖書の教師が律法学者と呼ばれ、尊敬されていました。 また、その教えに非常に熱心な人々がパリサイ(ファリサイ)派の人々と呼ばれていました。 彼らの教えの中心は、旧約聖書に出てくる戒律を厳格に守ることでした。 人々にもそれを守るように強く求めました。 イエス・キリストは「本当はそうではない。愚かな人間が誤解しているだけだ。」と、 神からの権威を持って教えました。 「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。 ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。 天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。 」 マタイ24:35〜36    

あなたがたが信じて祈り求めるものなら、何でも与えられます。

1月11日、今日はマタイ福音書21章、22章を読みましょう。 ローマ大帝国の中のユダヤ地方は、 他の地域に比べると変わった地方でした。 外面的にはローマから派遣されてきた総督や、 ローマ帝国に認められた領主によって治められていましたが、 一歩人々の日常生活の中に入ると、完全な宗教社会でした。 旧約聖書を読み終わる頃には、これらのことがよくわかってきます。   「あなたがたが信じて祈り求めるものなら、何でも与えられます。」 21:22 イエスは彼に言われた。 「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』 これがたいせつな第一の戒めです。 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』 という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。 22:37~39

贖いの代価として、 自分のいのちを与える

今日は、1月10日。 ここ、東京築地界隈は、昨日は暖かく小春日和のようでした。 皆さんのお住まいのお天気はいかがでしたか? さて、今日はマタイ福音書の19章、20章を読みましょう。 聖書は、何度読んでも新しい発見がありますね。 ですから、もし、初めて聖書を読む方も大丈夫です。 何度も読んでいる方も、初めて読む気持ちでいますから初心者です。 「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、 みなに仕える者になりなさい。 あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、 あなたがたのしもべになりなさい。 人の子が来たのが、仕えられるためではなく、 かえって仕えるためであり、 また、多くの人のための、贖いの代価として、 自分のいのちを与えるためであるのと同じです。」 マタイ福音書20:26~28

子どものように、自分を低くする者が、 天の御国で一番偉い人です。

1月9日、学生さんはいよいよ三学期が始まりますね。 どうか、主の愛と、恵みと、慈しみで守られますように! 今日は、マタイ福音書17章、18章を読みましょう。 「まことに、あなたがたに告げます。 あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、 決して天の御国には、はいれません。 だから、この子どものように、自分を低くする者が、 天の御国で一番偉い人です。」 18:3~4 心掛けたいですね。 「あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、 地上で心を一つにして祈るなら、 天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。 ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、 わたしもその中にいるからです。」18:19~20 アーメン

あなたは、生ける神の御子キリストです。

1月8日、成人の日おめでとうございます。 今日は、マタイ福音書15章、16章を読みましょう。 イエス・キリストは、その教えや、行ったことを通して、 神がどのような御方であるかを示されました。 これが、イエス・キリストの目的でした。 「イエス・キリストを知った者は、神を知った者である」と言えます。 しかし、イエス様はご自分の死と復活について3度に渡って予告し、 大変こだわりました。(マタイ16:21~28,17:22~23,20:17~19) なぜでしょうか。 そこにイエス様の目的があるようです。 読み進めていきましょうね。 「あなたは、生ける神の御子キリストです。」マタイ16:16