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見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。

12月15日(火) 今日はヨハネの黙示録2~3章を読みましょう。 【黙示録の読み方】 現在のことと思われることや将来のことが、不思議な幻で語られるため、 実際になんのことを言おうとしているのか、読む人によって違います。 「絶対こうだ」とは、誰も言いきれません。まず、そのことを心に留めておきましょう。 無理にこじつけたり、あまりにも空想的な広がりを持った解釈にも気をつけなければなりません。 わからないところはいつか光が与えられて、分かるようになるかもしれません。 「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、 わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。 勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせよう。 それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。 耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。」 黙3:20~22

ヨハネは、神のことばとイエス・キリストのあかし、すなわち、彼の見たすべての事をあかしした。

12月14日(月) 今日からヨハネの黙示録に入ります。 いよいよ今年も残すところあと2週! 今日はヨハネの黙示録1章を読みましょう。 著者はパトモス島に流刑にされていたヨハネです。 黙示とは、今までに隠されていた神の教えが、不思議な方法で示されることです。 「イエス・キリストの黙示。これは、すぐに起こるはずの事をそのしもべたちに示すため、 神がキリストにお与えになったものである。 そしてキリストは、その御使いを遣わして、これをしもべヨハネにお告げになった。 ヨハネは、神のことばとイエス・キリストのあかし、 すなわち、彼の見たすべての事をあかしした。」 黙1:2,3 話の大筋は、 迫害を受けてパトモス島に流刑になっていたヨハネが、幻のうちに神の国を見せてもらいます。 さらに次々と将来起こることも見せてもらいます。しかし、それらは不思議な幻で語られますので、 実際には何を言おうとしているのかわかりにくいものです。いろいろな幻は主に、地上における神の裁きを暗示していて、恐ろしい内容です。 しかし、その間におけるクリスチャンたちの勝利の幻も出てきます。 悪魔は次々と人類を苦しめてクリスチャンを迫害します。 悪魔は簡単には滅びないのですが、最後には神によって滅ぼされます。 そして、すでに死んでいる人々も、地上に生きている人々も、 最後の審判を受けます。そして、今までとは違う別の新世界が出現します。 【区分】 (1)第1章…幻を見たときの様子 (2)第2章と3章…現在の教会の様子 (3) 第4章~22章…今後起ころうとしていることの幻 〔七つの教会へ〕黙1:11 「七つの教会」とは「全ての教会」という意味です。 「7」「12」や、その倍数は完全数で良いものを表します。 その半分、例えば「3.5」や「1260日」(約3年半)は悪い数字を表します。 「その声はこう言った。「あなたの見ることを巻き物にしるして、 七つの教会、すなわち、エペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、 サルデス、フィラデルフィヤ、ラオデキヤに送りなさい。」

神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。

12月13日(日) 今日はユダの手紙を読みましょう。 【ヤコブの兄弟ユダ】1 節 主の兄弟ヤコブの兄弟ユダ(すなわちイエスの弟)からの手紙ですが、やはり色々な意見があります。 「イエス・キリストのしもべであり、ヤコブの兄弟であるユダから、 父なる神にあって愛され、イエス・キリストのために守られている、召された方々へ。」 【不信心なものへの注意】19~21 節 不信心で淫らな生活をし、混乱を起こしている人々は、 神にさばかれますから、惑わされないで正しい信仰の道を歩み続けるように。 「この人たちは、御霊を持たず、分裂を起こし、生まれつきのままの人間です。 しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、 聖霊によって祈り、神の愛のうちに自分自身を保ち、 永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。」

善を行なう者は神から出た者であり、悪を行なう者は神を見たことのない者です。

12月12日(土) 今日はヨハネの手紙第二、第三 を読みましょう。 ヨハネの手紙第二 【長老ヨハネ】1節 ↓この「長老」が誰のことであるのか、よく分かりません。 「長老から、選ばれた夫人とその子どもたちへ。私はあなたがたをほんとうに愛しています。 私だけでなく、真理を知っている人々がみな、そうです。」 【反キリスト】7,8 節 ↓人を惑わす人々が出てきて混乱が起こったことが伺えます。 「なぜお願いするかと言えば、人を惑わす者、すなわち、 イエス・キリストが人として来られたことを告白しない者が大ぜい世に出て行ったからです。 こういう者は惑わす者であり、反キリストです。 よく気をつけて、私たちの労苦の実をだいなしにすることなく、豊かな報いを受けるようになりなさい。」 【愛というおきてにとどまるように】5,6 節 人を惑わす人々は、真理のうちにいない人々です。 すなわち、その人々は、愛の掟に従って歩んではいません。 あくまで愛のうちを歩むべきことを教えています。 「そこで夫人よ。お願いしたいことがあります。 それは私が新しい命令を書くのではなく、初めから私たちが持っていたものなのですが、 私たちが互いに愛し合うということです。 愛とは、御父の命令に従って歩むことであり、 命令とは、あなたがたが初めから聞いているとおり、愛のうちを歩むことです。」 ヨハネの手紙第三 【第二の手紙と同じ長老の極めて個人的な手紙です。】 【愛するガイオへの励ましと依頼】5,6 節 この手紙の受取人ガイオがある人々に誠意を持って協力していることを褒め、その人々を助けて、旅に送り出してくれるように依頼しています。 「愛する者よ。あなたが、旅をしているあの兄弟たちのために行なっているいろいろなことは、 真実な行ないです。彼らは教会の集まりであなたの愛についてあかししました。 あなたが神にふさわしいしかたで彼らを次の旅に送り出してくれるなら、それはりっぱなことです。」 「愛する者よ。悪を見ならわないで、善を見ならいなさい。 善を行なう者は神から出た者であり、悪を行なう者は神を見たことのない者です。」 11節

私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。 世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。

12月11日(金) 今日はヨハネの手紙第一 4~5章を読みましょう。 【神は愛だから】4:7~10 神と交わりをもつ者はなぜ兄弟愛をもつのでしょうか。 それは単純なことです。神は愛であるからです。 「愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。 愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者に、神はわかりません。 なぜなら神は愛だからです。神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。 ここに、神の愛が私たちに示されたのです。 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、 私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」 「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。」 4:19 【神の証】5:1~8 私たちの信仰は、イエスが神の子であることを信じる信仰です。 このイエスは公生涯のはじめの「水」による洗礼と、公生涯の終わりの十字架の「血」とによって、 本当に神の子であることが証明され、さらに「聖霊」の働きによって、今も証明されています。 「イエスがキリストであると信じる者はだれでも、神によって生まれたのです。 生んでくださった方を愛する者はだれでも、その方によって生まれた者をも愛します。 私たちが神を愛してその命令を守るなら、そのことによって、私たちが神の子どもたちを愛していることがわかります。 神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。 なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。 私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。世に勝つ者とはだれでしょう。 イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。このイエス・キリストは、水と血とによって来られた方です。 ただ水によってだけでなく、水と血とによって来られたのです。 そして、あかしをする方は御霊です。御霊は真理だからです。 あかしするものが三つあります。御霊と水と血です。この三つが一つとなるのです。」 5:1~8

キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。

12月10日(木) 今日はヨハネの手紙第一 3章を読みましょう。 【キリストのような兄弟愛】3:16 ヨハネの教える愛は、漠然とした愛ではなく、キリストのような犠牲をはらった愛です。 「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。 それによって私たちに愛がわかったのです。 ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。」

神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。

12月9日(水) 今日はヨハネの手紙第一 1~2章を読みましょう。 読み始めたら、すぐにヨハネによる福音書を表現方法がにていることを感じると思います。 古くから十二弟子の一人ゼベダイの子のヨハネが著者と信じられてきましたが、 現在では色々な説が出されています。読みやすい文章で、内容も難しくありません。 【交わりについて】1:3~4 「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、 あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。 私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。 私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。」 【光の中を歩む者】1:5~7 「神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。 これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。 もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、 私たちは偽りを言っているのであって、真理を行なってはいません。 しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、 私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。」 【兄弟を愛する者】2:10 「兄弟を愛する者は、光の中にとどまり、つまずくことがありません。」

しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。

12月8日(火) コロナの1日でも早い終息を、主に祈り願います。 今日はペテロの手紙第二 3章を読みましょう。 【主の再臨を待ちなさい】3:8~13 主の再臨について色々な議論があったことが伺えます。ここでは主の再臨を心から待つことと、 その時には大きなさばきがあること、また新しい世界が出現することを教えています。 「しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。 すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。 主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。 かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、 すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。 しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。 その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、 地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。 このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、 どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。 そのようにして、神の日の来るのを待ち望み、その日の来るのを早めなければなりません。 その日が来れば、そのために、天は燃えてくずれ、天の万象は焼け溶けてしまいます。 しかし、私たちは、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます。」

12月7日(月) 12月6日、第1級聖書検定試験が無事終了しました。ほんとうにお疲れ様でした。 採点や模範解答等は20日迄にはお送りいたします。もう少しお待ちください。 今日はペテロの手紙第二 1~2章を読みましょう。 【勝手な解釈をしないように】1:20~21 「それには何よりも次のことを知っていなければいけません。 すなわち、聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。 なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、 聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。」 【異端に気をつけるように】2:1 異端の内容は、イエス・キリストが十字架によって罪をあがなってくださったという信仰の最も大切な教えを拒否するものでした。 「しかし、イスラエルの中には、にせ預言者も出ました。 同じように、あなたがたの中にも、にせ教師が現われるようになります。 彼らは、滅びをもたらす異端をひそかに持ち込み、自分たちを買い取ってくださった主を否定するようなことさえして、 自分たちの身にすみやかな滅びを招いています。」

預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。

12月7日(月) 今日はペテロの手紙第二 1~2章を読みましょう。 【勝手な解釈をしないように】1:20~21 [それには何よりも次のことを知っていなければいけません。すなわち、聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。] 【異端に気をつけるように】2:1 異端の内容は、イエス・キリストが十字架によって罪をあがなってくださったという信仰の最も大切な教えを拒否するものでした。 [しかし、イスラエルの中には、にせ預言者も出ました。同じように、あなたがたの中にも、にせ教師が現われるようになります。彼らは、滅びをもたらす異端をひそかに持ち込み、自分たちを買い取ってくださった主を否定するようなことさえして、自分たちの身にすみやかな滅びを招いています。]