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諸国の民について、預言者エレミヤにあった主のことば。

8月6日(火) 今日は詩編39篇と、エレミヤ書46~49章を読みましょう。 46章から51章にわたっては、諸国民に対する預言が集められています。対象とされている国は九つの国や地域、民族です。 【46章】 エジプトに対する預言。 【47章】 ペリシテ人に向かって。 【48章】 モアブに向かって。 【49章】 アンモン人に向かって。 エドムに向かって。 ダマスコに向かって。 ケダルとハツォルの諸国に向かって。 【50~51章】 最後は、長大なバビロンとカルデア人の国に向かって。 [諸国の民について、預言者エレミヤにあった主のことば。] (エレミヤ46:1)

預言者エレミヤと、ネリヤの子バルクをも連れて、エジプトの国に行った。彼らは主の御声に聞き従わなかったのである。

8月5日(月) オリンピックで寝不足になっていませんか? 今日は詩編38篇と、エレミヤ書42~45章を読みましょう。 ユダの地に残った人々のうち、一部の人々が無理にエレミヤを連れて、エジプトに行きました。 『エレミヤはすべての民に、彼らの神、主のことばを語り終えた。それは彼らの神、主が、このすべてのことばをもって彼を遣わされたものであった。すると、ホシャヤの子アザルヤと、カレアハの子ヨハナンと、高ぶった人たちはみな、エレミヤに告げて言った。「あなたは偽りを語っている。私たちの神、主は『エジプトに行って寄留してはならない。』と言わせるために、あなたを遣わされたのではない。ネリヤの子バルクが、あなたをそそのかして私たちに逆らわせ、私たちをカルデヤ人の手に渡して、私たちを死なせ、また、私たちをバビロンへ引いて行かせようとしているのだ。」カレアハの子ヨハナンと、すべての将校と、すべての民は、「ユダの国にとどまれ。」という主の御声に聞き従わなかった。そして、カレアハの子ヨハナンと、すべての将校は、散らされていた国々からユダの国に住むために帰っていたユダの残りの者すべてを、男も女も子どもも、王の娘も、それに、侍従長ネブザルアダンが、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤに託したすべての者、預言者エレミヤと、ネリヤの子バルクをも連れて、エジプトの国に行った。彼らは主の御声に聞き従わなかったのである。こうして、彼らはタフパヌヘスまで来た。』 (エレミヤ43:1-7) 「私を見捨てないでください。主よ。 わが神よ。私から遠く離れないでください。 急いで私を助けてください。 主よ。私の救いよ。」 (詩篇38:21-22) 諸国の民について、預言者エレミヤにあった主のこと

バビロンの王ネブカデレザルは、その全軍勢を率いてエルサレムに攻めて来て、これを包囲した。ゼデキヤの第十一年、第四の月の九日に、町は破られた。

8月4日(日) 今日は詩編37篇と、エレミヤ書38~41章を読みましょう。 エレミヤの預言通り、ついに南王国ユダは滅び、エルサレムは破壊されました。エレミヤは釈放されユダの地にとどまりました。 [ユダの王ゼデキヤの第九年、その第十の月に、バビロンの王ネブカデレザルは、その全軍勢を率いてエルサレムに攻めて来て、これを包囲した。ゼデキヤの第十一年、第四の月の九日に、町は破られた。] (エレミヤ39:1~2) 「バビロンの王はリブラで、ゼデキヤの子たちをその目の前で虐殺し、またユダのおもだった人たちもみな虐殺し、ゼデキヤの両眼をえぐり出し、彼を青銅の足かせにつないで、バビロンに連れて行った。カルデヤ人は、王宮も民の家も火で焼き、エルサレムの城壁を取りこわした。侍従長ネブザルアダンは、町に残されていた残りの民と、王に降伏した投降者たちと、そのほかの残されていた民を、バビロンへ捕え移した。しかし侍従長ネブザルアダンは、何も持たない貧民の一部をユダの地に残し、その日、彼らにぶどう畑と畑を与えた。バビロンの王ネブカデレザルは、エレミヤについて、侍従長ネブザルアダンに次のように命じた。『彼を連れ出し、目をかけてやれ。何も悪いことをするな。ただ、彼があなたに語るとおりに、彼にせよ。』」(エレミヤ39:6~12)

エレミヤは丸天井の地下牢に入れられ、長い間そこにいた。

8月3日(土) 暑さもピークですが、聖書通読難易度も今がピークです。 今日は詩編36篇と、エレミヤ書34~37章を読みましょう。 エレミヤは、若い時に預言者として召され、かなり高齢まで生きて使命を果たしました。彼がいつどこで死んだかは不明ですが、エジプトで天に召されたかも知れません。 動乱の時代に、最後の最後まで、神に与えられた言葉を語り通したエレミヤは、すごい預言者だったと思いませんか。神を信頼して生きるものは、たとえ国が滅んでも、神だけは残る、というような、唯一の全能の神への揺るぎない信仰を、神は私たちに求めておられます。 「首長たちはエレミヤに向かって激しく怒り、彼を打ちたたき、書記ヨナタンの家にある牢屋に入れた。そこを獄屋にしていたからである。エレミヤは丸天井の地下牢に入れられ、長い間そこにいた。」 (エレミヤ37:15~16)

その日、わたしは、イスラエルの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。

8月2日(金) 今日は詩編35篇と、エレミヤ書31~33章を読みましょう。 エレミヤ30-33章は、慰めと希望に満ち溢れた預言となっています。 回復の幻の預言を与えられる。 「おとめイスラエルよ。わたしは再びあなたを建て直し、あなたは建て直される。再びあなたはタンバリンで身を飾り、喜び笑う者たちの踊りの輪に出て行こう。」 (エレミヤ31:4) また、新しい契約の預言を与えられる。 「見よ。その日が来る。――主の御告げ。――その日、わたしは、イスラエルの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。」 (エレミヤ31:31)

見よ。その日が来る。わたしは彼らをその先祖たちに与えた地に帰らせる。

8月1日(木) 8月になりました。 今日は詩編34篇と、エレミヤ書28~30章を読みましょう。 南王国ユダの人々(イスラエル人)は、 必ずエルサレムに帰ってくることができると預言します。 これがエレミヤ書の一つの特徴です。 見よ。その日が来る。――主の御告げ。――その日、わたしは、 わたしの民イスラエルとユダの捕われ人を帰らせると、主は言う。 わたしは彼らをその先祖たちに与えた地に帰らせる。彼らはそれを所有する。」 (エレミヤ30:3) 見よ。わたしは彼らを北の国から連れ出し、 地の果てから彼らを集める。その中にはめしいも足なえも、 妊婦も産婦も共にいる。彼らは大集団をなして、ここに帰る。 (エレミヤ31:8)

この憤りのぶどう酒の杯をわたしの手から取り、わたしがあなたを遣わすすべての国々に、これを飲ませよ。

7月31日(水) 猛烈な暑さです!ほんとうに皆様お身体お大切に! 今日は詩編33篇と、エレミヤ書25~27章を読みましょう。 [まことにイスラエルの神、主は、私にこう仰せられた。「この憤りのぶどう酒の杯をわたしの手から取り、わたしがあなたを遣わすすべての国々に、これを飲ませよ。] (エレミヤ25:15) 「神の怒りのぶどう」すなわち神の審判の運命がどの国に臨むかというリストを記しています。まず、エルサレムとユダ、ついで、エジプト、ペリシテ、エドム、モアブ、アンモン、フェニキア、アラビア語族、エラム、メディアなどが主なところで、ついにシェシャク(バビロンを指す暗号)に及ぶ。

わたしは、良くするために彼らに目をかけて、彼らをこの国に帰らせ、彼らを建て直し、倒れないように植えて、もう引き抜かない。

7月30日(火) パリ五輪、14歳のスケボー金メダルはじめ、柔道、フェンシング、水泳などドンドン嬉しいですね! 今日は詩編32篇と、エレミヤ書21~24章を読みましょう。 南王国ユダの人々は、バビロンに捕囚として連れて行かれても、また、帰ってくることができると預言し、バビロンと戦うことをしないで、むしろ捕囚となる事を勧めます。 [「イスラエルの神、主は、こう仰せられる。この良いいちじくのように、わたしは、この所からカルデヤ人の地に送ったユダの捕囚の民を良いものにしようと思う。わたしは、良くするために彼らに目をかけて、彼らをこの国に帰らせ、彼らを建て直し、倒れないように植えて、もう引き抜かない。] (エレミヤ24:5~6)

主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。その人は、水のほとりに植わった木のように

7月29日(月) 今日は詩編31篇と、エレミヤ書17~20章を読みましょう。 [主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる。] (エレミヤ17:7~8) [まことに主がこう仰せられる。『見よ。わたしはあなたを、あなた自身とあなたの愛するすべての者への恐れとする。彼らは、あなたの目の見る所で、敵の剣に倒れる。また、わたしはユダの人全部をバビロンの王の手に渡す。彼は彼らをバビロンへ引いて行き、剣で打ち殺す。] (エレミヤ20:4) バビロン(新バビロニア帝国の首都のこと。王はカルデヤ人ネブカドレツァル=ネブカドネザル)が攻めてきて、南王国ユダの人々を捕囚として、バビロンに連れて行くと預言しました。このような国民の心をくじくような預言をしたため、エレミヤは自由を奪われ、一時的に拘留されました。もちろんエレミヤは屈することなく神からの言葉を語り続けます。

イスラエルの子らを北の国や、彼らの散らされたすべての地方から上らせた主は生きておられる。

7月28日(日) 今日は詩編30篇と、エレミヤ書13~16章を読みましょう。 [それゆえ、見よ、その日が来る。――主の御告げ。――その日にはもはや、『イスラエルの子らをエジプトの国から上らせた主は生きておられる。』とは言わないで、ただ『イスラエルの子らを北の国や、彼らの散らされたすべての地方から上らせた主は生きておられる。』と言うようになる。わたしは彼らの先祖に与えた彼らの土地に彼らを帰らせる。] (エレミヤ16:14~15) 16:14~15は捕囚からの解放からの預言です。 神がイスラエルに対してなされた最大のみわざ、出エジプトの出来事は、親から子へと代々語り継がれて来ました。 しかし、その「出エジプト」より重要な出来事は「北の国や、彼らの散らされたすべての地方から上らせた」捕囚からの帰還で、子々孫々まで語り継がれることになります。 [聖徒たちよ。主をほめ歌え。その聖なる御名に感謝せよ。まことに、御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。] (詩篇30:4~5)