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あなたのかごも、こね鉢も祝福される。

3月28日(土) 東京の機能が止まったかのようになりましたが、 「あなたのかごも、こね鉢も祝福される。」 全てのものが祝福される時が来ると信じましょう! 今日は、申命記28~31章を読みましょう。 申命記は、荒野の旅行も終わり、カナンを目前にして、モーセが死ぬ前に行った「決別説教」です。その内容は、律法の繰り返しとともに、律法を忠実に守るように、イスラエルの民に勧めています。 ①律法を忠実に守りなさい。(申29:9) ②律法を聞かせ、学ばせなさい。(申31:9~13) 一方、律法を守るならば、次のような祝福を約束されました。 「あなたは、町にあっても祝福され、野にあっても祝福される。 あなたの身から生まれる者も、地の産物も、家畜の産むもの、群れのうちの子牛も、群れのうちの雌羊も祝福される。あなたのかごも、こね鉢も祝福される。あなたは、はいるときも祝福され、出て行くときにも祝福される。」 (申命記28:3~6)

脱穀をしている牛にくつこを掛けてはならない。

3月27日(金) 今日は、申命記24~27章を読みましょう。 26章には、美しい信仰告白的な祈りの文章があります。 「私の父は、さすらいのアラム人でしたが、わずかな人数を連れてエジプトに下り、そこに寄留しました。しかし、そこで、大きくて強い、人数の多い国民になりました。エジプト人は、私たちを虐待し、苦しめ、私たちに過酷な労働を課しました。私たちが、私たちの父祖の神、主に叫びますと、主は私たちの声を聞き、私たちの窮状と労苦と圧迫をご覧になりました。そこで、主は力強い御手と、伸べられた腕と、恐ろしい力と、しるしと、不思議とをもって、私たちをエジプトから連れ出し、この所に導き入れ、乳と蜜の流れる地、この地を私たちに下さいました。今、ここに私は、主、あなたが私に与えられた地の産物の初物を持ってまいりました。」 (申命記26:5~10) また、申命記独特のものとして、次の文章があります。 「脱穀をしている牛にくつこを掛けてはならない。」 (申命記25:4) これは、脱穀する牛への配慮を教えた規定ですが、パウロはこの規定を主の働き人に適応し、「複音を宣べ伝えるものが、福音の働きから生活の支えを得るように主が定めておられる。」と説明しています。 「聖書に『穀物をこなしている牛に、くつこを掛けてはいけない。』また、『働き手が報酬を受けることは当然である。』と言われているからです。」 (1テモテ5:18)

木につるされた者は、神にのろわれた者だからである。

3月26日(木) オリンピックも来年になりましたね。 今週末に不要不急の外出を控えるようと、東京都知事の外出自粛要請がありました。 また、外務省は全世界を対象に、レベル2の「不要不急の渡航自粛」を出しました。 とても大変な事態になっておりますが、今こそ、みことばを! 「あなたは夜の恐怖も恐れず、昼に飛び来る矢も恐れない。 また、暗やみに歩き回る疫病も、真昼に荒らす滅びをも。」詩篇91:5-6 主を避け所、とりでとし全てが癒されますよう祈ります。 今日は、申命記20~23章を読みましょう。 律法、律法の毎日で、皆さん嫌になっていませんか? これら、613もの多岐にわたる律法をすべて覚えたら、今なら、弁護士、医者、建築家、デザイナーなどプロの仕事に就けるでしょうね。 父祖アブラハムに対してたてられた「祝福の約束」は、イスラエルの民にとって良いものでした。しかし、全部覚えていても、残念ながら、厳守は出来ませんでした。 アダムの罪を引きずっている人間は、本当にどうしようもありません。 それゆえに、神は一方的に、この罪を贖うために、イエス・キリストを犠牲の供物としてくださいました。人は、ただ神の憐れみによって救われることになりました。 「もし、人が死刑に当たる罪を犯して殺され、あなたがこれを木につるすときは、その死体を次の日まで木に残しておいてはならない。その日のうちに必ず埋葬しなければならない。木につるされた者は、神にのろわれた者だからである。あなたの神、主が相続地としてあなたに与えようとしておられる地を汚してはならない。」 (申命記21:22~23) パウロは、このみことばから、私たちのために神の呪いを受けたキリストの十字架の意味を解き明かしています。 「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、『木にかけられる者はすべてのろわれたものである。』と書いてあるからです。」 (ガラテヤ3:13)

彼らが告げる判決から右にも左にもそれてはならない。

3月25日(水) 今日は、申命記16~19章を読みましょう。 仮庵の祭り(申命記16:13~17) 「あなたの打ち場とあなたの酒ぶねから、取り入れが済んだとき、七日間、仮庵の祭りをしなければならない。」 仮庵の祭りは、オリーブ、ぶどう、いちじくなどの秋の実りの収穫の感謝祭でもあります。 モーセ五書の中から、【社会的】な律法を拾っていきましょう。 ①税金を払うように。(出エ30:11~13) ②さばき(裁判、議会)を行うこと。(民11:16) ③さばきに服従させること。(申17:11~12) ④公正なさばきを。(レビ 19:15) ⑤賄賂をとってなならない。(出エ23:8) ⑥危険な場所への注意。(申22:8) ⑦安息日を静かに過ごすように。(出エ16:29) 「彼らが教えるおしえによって、彼らが述べるさばきによって行なわなければならない。彼らが告げる判決から右にも左にもそれてはならない。もし人が、あなたの神、主に仕えてそこに立つ祭司やさばきつかさに聞き従わず、不遜なふるまいをするなら、その者は死ななければならない。」 (申17:11~12)

七年の終わりごとに、負債の免除をしなければならない。

3月24日(火) 今日は申命記12~15章を読みましょう。 モーセ五書の中から、【農業】についての律法を拾っていきましょう。 ①刈り尽くしたり、落ち穂を拾ってはならない。(レビ23:22) ②種の純粋性を守りなさい。(レビ19:19) ③脱穀している牛に、くつこをかけてはならない。(申25:4) ④七年目に土地を休ませなさい。(レビ25:1~7)  七年目の休耕地は、一種の共有地のようになり、所有者が、自然に実るものすら取ることを禁じ、公共一般の人々のものとされました。七年目に休耕するということは、土地は神のものであり、人類の福祉のために神から与えられているという基本的な考えから出ていると思われます。 ⑤七年目のゆるし。(申15:1,2) これは、直接農業と関係ありませんが、貧しい古代社会で、弱い者を助け、神の恵みを共に受けて生きていくようにとの教えです。 七年の終わりごとに、負債の免除をしなければならない。 その免除のしかたは次のとおりである。貸し主はみな、その隣人に貸したものを免除する。その隣人やその兄弟から取り立ててはならない。主が免除を布告しておられる。 (申命記15:1,2)

人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる

3月23日 月曜日 なんだか寒さが戻りましたね。 今日から聖書通読も第13週に入り、土曜日にはモーセ五書を読み終えることになります。今日は、申命記8~11章を読みましょう。 「あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。 それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。」 申命記8:2,3 イエスが悪魔の誘惑を受けた時に引用した有名な箇所です。 「さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。 そして、四十日四十夜断食したあとで、空腹を覚えられた。 すると、試みる者が近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい。」イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」  マタイ4:1~4 これらを並べて読むと、あらためて、主のみことばこそ、生かされる力、生かされる源であることがわかります。

心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。

3月22日(日) 桜咲き始めましたね。 今日は、申命記5~7章を読みましょう。 イエス・キリストの十字架によって開示された、より高い心理によって乗り越えられた律法は、キリストの十字架と復活によって「完成された」ました。 しかし、十字架より以前には、律法は絶対に守るべき法であったわけですから、尊重しなければならないと思われます。 なかでも、神を愛すること(申命記6:5)、隣人を愛すること(レビ19:18)などの教えはは、現代でも守るべきものです。 「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。 私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。 これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。 これをしるしとしてあなたの手に結びつけ、記章として額の上に置きなさい。 これをあなたの家の門柱と門に書きしるしなさい。」 申命記6:5~9

このような神を持つ偉大な国民が、どこにあるだろうか。

3月21日(土) 今日から、申命記に入ります。今日は、申命記1~4章を読みましょう。 第5級聖書検定公式テキストの付録にある「聖書通読難易度マップ」によると、最初に迎える山の頂上に当たります。心して越えていきましょう! 「申命記」とは、難しい名前です。「申」とは、繰り返すという意味がありますから、律法を繰り返すという意味になります。読んでみるとわかりますが、モーセが死ぬ前に民に説教をしているその内容になります。もちろん「神が次のようにおっしゃった」という律法の教えです。 「まことに、私たちの神、主は、私たちが呼ばわるとき、いつも、近くにおられる。このような神を持つ偉大な国民が、どこにあるだろうか。」 申命記4:7 「ただ、あなたは、ひたすら慎み、用心深くありなさい。あなたが自分の目で見たことを忘れず、一生の間、それらがあなたの心から離れることのないようにしなさい。あなたはそれらを、あなたの子どもや孫たちに知らせなさい。」 申命記4:9

のがれの町とし、あやまって人を打ち殺した殺人者がそこにのがれることができる

3月20日(金) 今日は民数記34〜36章を読みましょう。 何と!! 今日で民数記は終わりです。 さて、モーセ五書の中から、【刑法】についての律法を拾っていきましょう。 ①死刑に処せられる場合(出エ21:12 ~17) ②過失致死の場合(民 35:22 ~25) ③傷害の場合(出エ21:24,25) これらの律法は、現代の私たちの社会生活にも通じるところがあります。 読み進んでいくうちに、現代の生活とあまり関係ない律法もあることにも気づきます。 現代のキリスト教徒は、これらの律法に対して、どのような態度を取れば良いのでしょうか。イエス・キリストは、どのように教えておられるのでしょうか。考えながら、律法そのものを読み続けてください。 さらにモーセ五書の最後の書、申命記でもそのことを学びましょう。 「あなたがたは町々を定めなさい。それをあなたがたのために、のがれの町とし、あやまって人を打ち殺した殺人者がそこにのがれることができるようにしなければならない。 この町々は、あなたがたが復讐する者から、のがれる所で、殺人者が、さばきのために会衆の前に立つ前に、死ぬことのないためである。」 民数記35:11,12

あなたがたがヨルダンを渡ってカナンの地にはいるときには,

3月19日(木) 今日は民数記30〜33章を読みましょう。 死を直前にしたモーセは、主の命令により、出エジプトからヨルダンに到着するまでの旅程表を書き留めました。 38節では、祭司アロンの死について語られています。 そして、主はモーセに、エリコに近いヨルダンのほとりのモアブの草原で、ヨルダン川を渡るにあたっての命令をします。 「イスラエル人に告げて彼らに言え。あなたがたがヨルダンを渡ってカナンの地にはいるときには、その地の住民をことごとくあなたがたの前から追い払い、彼らの石像をすべて粉砕し、彼らの鋳造をすべて粉砕し、彼らの高き所をみな、こぼたなければならない。」 民数記33:51,52 ※こぼたなければならない→壊たなければならない(壊されなければならない)