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しかし、あなたは健全な教えにふさわしいことを話しなさい。

11月20日(金) 今日は、詩編145篇と、テトスへの手紙の1~2章を読みましょう。 このテトスへの手紙は、パウロの伝道によって回心したギリシャ人のテトスを励まし、 指示を与え、ニセ教師に注意するように警告するために書かれました。 「しかし、あなたは健全な教えにふさわしいことを話しなさい。」 (テトスへの手紙2:1) 「主は倒れる者をみなささえ、かがんでいる者をみな起こされます。」 (詩編145:14)

聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

11月19日(木) 今日は、詩編144篇と、テモテへの手紙第二の3~4章を読みましょう。 ただ伝道するように進めているだけではなく、伝道者の自覚と責任、 さらには御言葉を宣べ伝えるという「おそれ多い」勤めにたずさわっているパウロの厳かな気持ちが伝わってきます。 「確かに、キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。 しかし、悪人や詐欺師たちは、だましたりだまされたりしながら、ますます悪に落ちて行くのです。 けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。 あなたは自分が、どの人たちからそれを学んだかを知っており、また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。 聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。 聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。 それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。」 (テモテ第二 3:12~17) 「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。 寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。」 (テモテ第二 4:2)

もし私たちが、彼とともに死んだのなら、彼とともに生きるようになる。

11月18日(水) 今日は、詩編143篇と、テモテへの手紙第二の1~2章を読みましょう。 パウロはネロの迫害に遭い、再び捕らえられました。 そして、獄中で、気の弱いテモテを励ます手紙を書きました。 「次のことばは信頼すべきことばです。『もし私たちが、彼とともに死んだのなら、彼とともに生きるようになる。 もし耐え忍んでいるなら、彼とともに治めるようになる。もし彼を否んだなら、彼もまた私たちを否まれる。 私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自身を否むことができないからである。』 これらのことを人々に思い出させなさい。 そして何の益にもならず、聞いている人々を滅ぼすことになるような、 ことばについての論争などしないように、神の御前できびしく命じなさい。」 (テモテ第二 2:11~14)

年寄りをしかってはいけません。むしろ、父親に対するように勧めなさい。

11月17日(火) 今日は、詩編142篇と、テモテへの手紙第一の4~6章を読みましょう。 ローマの信徒の手紙や、ガラテヤの信徒への手紙では、律法について理論的な方法で語られていますので、 少し難しく感じるかもしれませんが、テモテでは大変実践的な方法でわかりやすく説明しています。 「年寄りをしかってはいけません。むしろ、父親に対するように勧めなさい。 若い人たちには兄弟に対するように、年とった婦人たちには母親に対するように、 若い女たちには真に混じりけのない心で姉妹に対するように勧めなさい。」 (テモテ第一 5:1~2)

神の家とは生ける神の教会のことであり、その教会は、真理の柱また土台です。

11月16日(月) 今日は、詩編141篇と、テモテへの手紙第一の1~3章を読みましょう。 テモテへの二通の手紙とテトスへの手紙は、「牧会書簡」と呼ばれています。 パウロの生きた社会では、男女の差別がありました。女性は公的な場所で発言しないものでした。 ですから、2章8~15節は真理の問題ではなく、文化人類学的な問題として考える必要があります。 現代の社会では12節「私は、女が教えたり男を支配したりすることを許しません。 ただ、静かにしていなさい。」を、このまま受け入れることはできません。そのように解釈するべきだと思います。 「ですから、私は願うのです。男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。 同じように女も、つつましい身なりで、控えめに慎み深く身を飾り、はでな髪の形とか、金や真珠や高価な衣服によってではなく、 むしろ、神を敬うと言っている女にふさわしく、良い行ないを自分の飾りとしなさい。 女は、静かにして、よく従う心をもって教えを受けなさい。私は、女が教えたり男を支配したりすることを許しません。 ただ、静かにしていなさい。アダムが初めに造られ、次にエバが造られたからです。 また、アダムは惑わされなかったが、女は惑わされてしまい、あやまちを犯しました。 しかし、女が慎みをもって、信仰と愛と聖さとを保つなら、子を産むことによって救われます。」 (テモテ第一 2:8~15) 「私は、近いうちにあなたのところに行きたいと思いながらも、この手紙を書いています。 それは、たとい私がおそくなったばあいでも、神の家でどのように行動すべきかを、あなたが知っておくためです。 神の家とは生ける神の教会のことであり、その教会は、真理の柱また土台です。確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。 『キリストは肉において現われ、霊において義と宣言され、御使いたちに見られ、 諸国民の間に宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。』」 (テモテ第一 3:14~16)

どうか、主があなたがたの心を導いて、神の愛とキリストの忍耐とを持たせてくださいますように。

11月15日(日) 今日は、詩編140篇と、テサロニケの信徒への手紙第二(テサロニケ人への手紙)3章を読みましょう。 今日でテサロニケは終わりです。 希望を持って忍耐を持つように、キリストが私たちの罪に対して忍耐を持ったように。 「しかし、主は真実な方ですから、あなたがたを強くし、悪い者から守ってくださいます。 私たちが命じることを、あなたがたが現に実行しており、 これからも実行してくれることを私たちは主にあって確信しています。 どうか、主があなたがたの心を導いて、神の愛とキリストの忍耐とを持たせてくださいますように。」 (テサロニケ第二 3:3~5)

主に愛されている兄弟たち。神は、御霊による聖めと、真理による信仰によって、あなたがたを、初めから救いにお選びになったからです。

11月14日(土) 今日は、詩編139篇と、テサロニケの信徒への手紙第二(テサロニケ人への手紙)1~2章を読みましょう。 テサロニケの信徒への手紙第二は、第一に続いて、キリストの再臨と裁きについて、 また、不法の者についての警告、救いに選ばれた者の生き方などについて書かれています。 「さて兄弟たちよ。私たちの主イエス・キリストが再び来られることと、 私たちが主のみもとに集められることに関して、あなたがたにお願いすることがあります。 霊によってでも、あるいはことばによってでも、あるいは私たちから出たかのような手紙によってでも、 主の日がすでに来たかのように言われるのを聞いて、すぐに落ち着きを失ったり、心を騒がせたりしないでください。 だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。 なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現われなければ、主の日は来ないからです。」 (テサロニケ第二 2:1~3) 「しかし、あなたがたのことについては、私たちはいつでも神に感謝しなければなりません。 主に愛されている兄弟たち。神は、御霊による聖めと、真理による信仰によって、あなたがたを、初めから救いにお選びになったからです。 ですから神は、私たちの福音によってあなたがたを召し、私たちの主イエス・キリストの栄光を得させてくださったのです。」 (テサロニケ第二 2:13~14)

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。

11月13日(金) 今日は、詩編138篇と、テサロニケの信徒への手紙(テサロニケ人への手紙)5章を読みましょう。 パウロはなおも、「目を覚まして慎み深くいなさい」と主の再臨が間近に迫っている信仰を持っていました。何時こられても良いように心を準備しておくことです。 「兄弟たち。それらがいつなのか、またどういう時かについては、あなたがたは私たちに書いてもらう必要がありません。 主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。 人々が「平和だ。安全だ。」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。 ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。 しかし、兄弟たち。あなたがたは暗やみの中にはいないのですから、 その日が、盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。あなたがたはみな、光の子ども、昼の子どもだからです。 私たちは、夜や暗やみの者ではありません。 ですから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして、慎み深くしていましょう。 眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うからです。 しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。 神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、主イエス・キリストにあって救いを得るようにお定めになったからです。 主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目ざめていても、眠っていても、主とともに生きるためです。 ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい。」 (テサロニケ5:1~11) 「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。 これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。御霊を消してはなりません。」 (テサロニケ5:16~19)

このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

11月12日(木) 今日は、詩編137篇と、テサロニケの信徒への手紙(テサロニケ人への手紙)3~4章を読みましょう。 再臨が、何時如何なる時であろうとも、キリストにあるキリスト者は、キリストと共に究極の希望に生きましょう! 「主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。 それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。 このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。」 (テサロニケ4:16~17)

私たちは神に認められて福音をゆだねられた者ですから、それにふさわしく、人を喜ばせようとしてではなく、私たちの心をお調べになる神を喜ばせようとして語るのです。

11月11日(水) 今週この後からは、テサロニケの信徒への手紙(テサロニケ人への手紙)です。 今日は、詩編136篇と、テサロニケの信徒への手紙(テサロニケ人への手紙)1~2章を読みましょう。 パウロは先ず、テサロニケの信徒が偶像から離れ、真実の神に仕えるようになったその信仰を神に感謝します。 「私たちは神に認められて福音をゆだねられた者ですから、 それにふさわしく、人を喜ばせようとしてではなく、私たちの心をお調べになる神を喜ばせようとして語るのです。」 (テサロニケ2:4) 「また、ご承知のとおり、私たちは父がその子どもに対してするように、 あなたがたひとりひとりに、ご自身の御国と栄光とに召してくださる神にふさわしく歩むように勧めをし、 慰めを与え、おごそかに命じました。 こういうわけで、私たちとしてもまた、絶えず神に感謝しています。 あなたがたは、私たちから神の使信のことばを受けたとき、それを人間のことばとしてではなく、 事実どおりに神のことばとして受け入れてくれたからです。 この神のことばは、信じているあなたがたのうちに働いているのです。」 (テサロニケ2:11~13) 「私たちの主イエスが再び来られるとき、御前で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのはだれでしょう。 あなたがたではありませんか。あなたがたこそ私たちの誉れであり、また喜びなのです。」 (テサロニケ2:19~20)