8月18日(土)
爽やかな風と、抜けるような青空を、久しぶりに見た気がします。
今日は詩編49篇と、エゼキエル書21~24章を読みましょう。
不信仰、不正、偶像礼拝が、あまりに酷すぎるために、南王国ユダとその首都エルサレムは滅びるのです。このエルサレム滅亡の預言は24章まで続きます。
エゼキエルは結婚していました、妻が死にました。民族全体も、彼個人も、悲劇の真っただ中にありました。だからこそ不思議な幻を見たのかもしれませんね。
「主なる神はこう言われる」
この表現が、エゼキエル書にはなんと270個も出てきます。神は、一人しかおられない。それは「主なる神」です。他の旧約聖書の教えと同じように、この「主なる神」への信仰が、エゼキエルの信仰です。神はただ一人の全能者ですから、さばくも救うも思いのままです。さばきをなさる神をおそれよ。これがエゼキエル書の前半のメッセージです。
[人の子よ。わたしが、彼らの力とするもの、栄えに満ちた喜び、愛するもの、心に慕うもの、彼らの息子や娘たちを取り去る日、その日、のがれた者が、この知らせを告げにあなたのもとにやって来る。その日、あなたはのがれて来た者に口を開いて言え。もう黙っていてはならない。あなたが彼らのしるしとなるとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう。』」]
(エゼキエル書 24:25~27)